2015年6月7日日曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第十二日


 折角来たムルシアであるから、一日かけて街をゆっくりと走ってみた。歴史的に見ると、九世紀にアラブ人によって建設された都市で、灌漑用の水路のネットワークを築き、街は繁栄したという。その後ムルシアは領土争いに巻き込まれるも、18世紀には絹織物などで繁栄して教会やモニュメントがこの時期に建てられている。1829年には大地震に襲われて6千人が死亡したという。建物がここでどこまで断絶したのかは不明だが、古くても18世紀頃のものといえよう。
郊外の岩山のてっぺんに立つキリスト像

上の写真よりもっと市街地寄りだがスケルトンだけのビル
 そういう建物があるのは、街の中でも中心地区に多い。中心地区を取り巻く地域は大学であったり、築百年には満たない集合住宅が多いが、特に見るに値するものはない。
 中心地区の中は街並みが形成されている地区も少なくない。どれも商業を主体とした地域であるから、大理石などが使われるケースが多い。敷石舗装は見て回った限りではなかった。
カテドラル

大理石のボーダー

これは大理石敷き詰め

ちょっとおしゃれな街並み
 午後になると人の動きも少なくなって昼寝の時期なのかもしれない。街をうろうろしていても暑さで消耗するだけなので、早めに駅へ行ってのんびりとムルシア駅の様子を見た。びっくりしたことに電化がされていないため、どの列車もディーゼル列車かディーゼル機関車が牽引する列車である。ただ、列車に乗ってしばらく行くと新幹線用なのかわからないが、地盤の盛り土と架線用の鉄塔が建っているところが在来線と並行してあり、いずれ新幹線が乗り入れてくる可能性が高いと思われる。
マドリッド行きのタルゴ特急

ムルシアでこんなに沢山乗る

 今日はアリカンテまで辿り着いた。ここはもうバレンシア州である。

2015年6月6日土曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第十一日

 グラナダはシェラネバタ山脈の麓に広がる都市であるが、清涼な気候というよりもアンダルシア特有の暑さは、コルドバなどと変わらない。そういう暑さの中、まずアルハンブラ宮殿をめざす。といってもグーグルの地図ではアルハンブラ宮殿の位置がよくわからないので、この辺だったよなという感じででかけたところが全然違うところだったというわけ。地図を見ていてもわからないが「アルハンブラ宮殿」といれてやると赤いピンが立つ。

 それを見てナビで進むとなかなかの坂がこれでもかと続く。しかし車や人の気配はない。いい加減登って、チケット販売と入口がある一画に辿り着くと、様相は一変。切符売り場も入口も人で一杯なのだ。どこからわき出したのかというくらいいる。
右手の方にも団体さんが多数いる
 そして切符販売所の列に並ぶのだが、なかなか前へ進まない。やっと自分の番が来たので14ユーロの普通切符を購入して、入口へと向かう。入口で係員がバーコードでチェックするのだが、どうもこの切符は今日の2時から有効なことがわかる。2時まであと4時間以上あるし、3時にはムルシア行きのバスの切符が買ってある。ホテルの予約も取れている。もう一度列に並ぶと行列の管理をしているガードマンが、自分のことをヘルメットをかぶっているから覚えていて、どうしたというからこれでは今すぐ入れない、午後まで待てないといっていると、じゃあ来いと切符売り場の女性の所へ一緒に行って、なにやらいうとぶつぶつ言っていたが、14ユーロを投げてきた。結局払い戻しをしてくれただけだった。縁がなかったということだろうが、ここまでとは思わなかった。今はハイシーズンではないからだ。残念とは思ったが、次回があるかもしれない。その時にはツアーで来るべきだろうと思い知った。市内に戻る途中の道からのグラナダの全景。アルハンブラが以下に高いかがわかるだろう。
200メートルくらいの高さか
 さてこれからどうしよう。という坂を下りている時、スカイプの呼び出し音があり、自宅から孫の顔が生中継で送られてきた。それでアルハンブラは忘れて、グラナダで日本簿のメニューがあって一人前のパエジャが食べられる店があるという情報があり、番地を聞いてそこをめざす。店の写真があるが、パエジャなどの食事は午後1時からということで結局諦める。ただこのレオンという店のある辺りから上に向かってスペインにはいって最も充実した街並みがあることが判明した。一昨年のサンレモのピーニャ地区の街並みと似ているかもしれない、アルハンブラに入場できていたらこの街並みには出会えなかった、と思ったら、何か本来の趣旨からいえばこれでいいのではないかと思った次第。
レオンという店
こういう道が上の方までずっと続く
これも同じ所
バスセンターの食堂で食べたパエジャ。十分うまかった
 そして午後3時にバスセンターからムルシアに向かって出発。およそ300キロの移動である。予定通り6時10分頃に到着し、自転車を組み立てて、ホテルに向かって走っていたらどこかで見たような橋に出くわした。これがカラトラバ第三作目である。彼の作品としては地味な感じがするが、車が通行する橋は橋脚なし、人道橋だけ橋脚あり。車の上り下りで橋が二本、人道橋で一本、結局三本の橋を架けたことになる。
橋脚がないけど車道橋

これも車道橋

人道橋は広々

2015年6月5日金曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第十日

 今日はコルドバからグラナダまでバスで移動です。いろいろネットで調べて、ALSAというバス会社が、一日8便運行していることがわかりました。前日コルドバ駅に隣接するバスセンターを確認してあったので、朝イチでそこへ行って、午後二時の便の切符を買った。自転車持ち込み料金として三ユーロ取られました。

 それから時間まで、市内をチャリで目的もなく走る。思いがけない街並みに出会えればもうけものという感じ。しかしいろいろ走ってみたが、かわりばえのない街が続くだけで、コルドバらしさみたいなものには出会えない。郊外に出るところまで走ったが、成果はなく再びホテルに戻る。途中でSIMカードをもう一枚買った。肝心なときにネットが使えないという事態を防ぐためである。一枚目がオレンジ(果物屋ではなく携帯電話のキャリア)のSIMカードであったので、ボーダフォンの店に入ったが、プリペイドの容量の大きいSIMカードはない、といわれたのでやむなくその数軒先にあったオレンジの店で2ギガで15ユーロのアヤモンテで買ったのと同じものを買った。オレンジは4Gどころか3Gのアンテナも立たないので、ちょっと脆弱なキャリアのように思うがやむをえない。
グラナダ行きのバス@コルドババスセンター
バスの窓から 刈り取った後?

バスの窓から 途中の街

バスの窓から 山の上までオリーブの木

バスのも度から 途中の街の小さな教会

バスの窓から 山の間から雪を頂くシェラネバタ山脈が見えた

2015年6月4日木曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第九日


 コルドバのホテルにいるレセプションの青年は、「セビリアとコルドバはスペインでも一番暑いところといわれているんです」といっていた。電車の中の温度表示は36度をずっとさしていたので直射日光下では40度ぐらいになっていてもおかしくない。
道がアスファルトのままで勿体ない。セビリア市内

こちらもセビリアで、幅員も広いし堂々としているが、パーツがごちゃごちゃしすぎ
 セビリアではカラトラバの二作目を見てきた。グアダルキビル川にかかる橋である。この橋、支柱の片側にしか支え線を出していない。日本でもよく見るコンクリートの斜長橋は柱の両側に支え線を出しているので安定感があり、安心してみていられる。カラトラバはそれを片側だけにして、支柱を大きく反らして、竜が天空に登らんとしているようにも見える。力学的常識からしたら、あるはずがないような橋を創りだしたのだ。しかも見ていてもバランスがいいせいか、大丈夫?という不安感はない。設計者カラトラバはスペインのバレンシア出身で1951年生まれの現在64歳というばりばり現役である。建築屋でもあり土木屋でもあり、構造設計家でデザイナーとオールマイティの男なのだ。
機能美の極地

真ん中は人と自転車専用道で車道より高くなっている。やさしい道だ
 コルドバ駅はセルビア駅とよく似ているが、規模は大分小さいかもしれない。セルビア駅では反対側のホームで白髪の老婦人が仰向けに横になっていて、人々が取り巻いていたが、スペインでも熱中症はあるのか。ともかく水を切らしてはならない。
 コルドバに着いた時間が3時頃と早かったので、メスキートと花の小径を見て来ました。初めて日本人の観光客を見かけたが、さすがに暑くてお疲れのようでした。花の小径はゼラニウムの鉢植えを壁に掛けていたりする通りがあり、お土産屋と混在しているので実はよくわからなかったので、写真はありません。

メスキートの赤白は回教の仕様?

こちらへくるとキリスト教?

コルドバ市内の何気ない街並み
メスキート近くの街並み


2015年6月3日水曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第八日

 今日はHuelvaからセビリアへの移動を前提に行動しました。というのは、Huelvaとセルビアを結ぶ列車は一日三本しかないからです。朝7時台は早過ぎるので、その次というと15時発になります。したがってHuelvaを街並みハンティングするしかないのです。
 昨晩ホテルから徒歩で歩いた一画がHuelvaの中心地区になるので、そこの撮影をしました。昨日のアヤモンテもそうでしたが、道の舗装に何のポリシーも見えません。でも銀座通りのような一番繁華な道は大理石をおごっています。それに接続する道も敷石舗装ですが、コンクリート二次製品のような舗石もあり、質感が感じられないのが残念です。

 平日の昼前ですが、人は出ています。
これがHuelvaの銀座通り。看板などもおさえられています
これは複数の色のタイルをきれいに貼っている
こちらの舗石は汚れが目立っている


 そしてHuelvaには、結構大きな自転車屋があることがわかったので、そこを訪ねました。「SportーBici」という名前はスポーツ用バイクの専門店ということになります。初日になくしたサイクルコンピューターを手に入れたいと思っていたので、品物をだしてもらうと何十種類もあって驚きます。ただ、自分が欲しいドイツのシグマ社のものもありましたが、探していた「BC1212」はなく、それよりちょっと機能が多いものがあり、自分の自転車に残っていた枠組みにぴたりとおさまったのでこれを買いました。
間口が画面に入らない。チャリユキちゃっかり写り込んでいる
 Huelvaからの電車はなかなか素敵な5両編成の車輌で自転車が二台分おけるハンガーがついています。そこに自転車を置いて自分の席で車窓を眺めて過ごすことが出来て快適でした。それにしても一日三本しかないのに、一車輌3人から5,6人ぐらいしか乗っていないというのは、鉄道は見捨てられているということなのでしょうか。
特別料金はいらない

2015年6月2日火曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅  第七日


 昨日から自転車のクランクとペダルが問題を引き起こしている。こぎをすると左側だけ正常な円運動を描かず、外へぶれるのである。これでは長距離は到底無理なので、どこかで腕のいい自転車屋を見つけて、何とかしてもらわなくてはと思っていた。作業的にはスプロケット(チェーンを駆動する歯)と一体となっている側ではないから容易かもしれないがやったことがないので何とも云えない。取り替えるとなるとペダルはあるだろうが、クランクが同じか同等品があるかである。いくら腕のいい職人でも部品がなければ仕事にならない。部品が来るまで二,三日は最低かかる。そんなに待つことは出来ないとすると部品の在庫がある自転車屋となるが、セビリア辺りまで行かないとだめかも、など気の重いシミュレーションをしていたが、どうするかの決断はできず。ただポルトガルよりもスペインがよさそうなので、まず国境を越えようと船着き場に行く。途中Villa Real Santo Antonioの街並みを撮影し、ポルトガルの敷石舗装を見納めにした。
中央は取水枡をうまくとりこんでいる

ベンチは固定されている
 そして船着き場でペダルがはずれてしまったので、これではこの先、駅からホテルまでのような短距離の移動もできないかもしれないとがっかりして、もう一度クランクのねじ穴の細いバリ(金属クズ)などを除去してから、改めてねじ込んでみるとねじ全体がクランクにおさまったのだ。これなら簡単にはずれることもないだろうとほっとして、クランクを上から見ると右側と比べても明らかに外側へ曲がっていたのが、右側と平行になっている。乗ってみると違和感もなく元の乗り味に戻っている。何か狐につままれたような気もするが、カンパニョーロのクランクには形状記憶が加工がされていて、時間が経って元へ戻ったのか。
この船で対岸に向かう。車も積める
 これなら今日もチャリユキに乗れるかもしれない。少し期待を込めて渡し船に乗り込む。川幅2キロ弱のグアディアナ河を斜めに渡る時間は10分ちょっと、これでスペインに入国。10時半にVilla Real Santo Antonioを出て、11時45分ごろにAyamonte着。道路に置かれたテーブルとイスには結構客が座っている。昼飯時なのである。こちらはポルトガル時間で11時前なので腹が空いたという状態ではない。
 まずオレンジという携帯屋でスペイン仕様のプリペイドSIMを買う。当然店員が替えてくれるものと思ったら、客が立て込んでいるせいもあろうが、SIMカードの装着は自力でやることになる。問題なくできたのだが、それでこの先どうしようかと思案していたら、電話がかかってきて「イロマサ(Hiromasaのスペイン風の読み方)ピンをもってったでしょう。あれがないと仕事に差し支えるから返して」と命令口調。まさか店中にピンが一本しかないわけがないが、返せというなら返しましょう、と戻ろうとするのだが、オレンジの店が見つからない。しょうがないので船着き場からAyamonteの街に下船したところからやり直したらすぐみつかったので返しました。
コンクリ二次製品とは思えない質感

これも同じ

普通のピンコロ石の舗装。通り毎に好き勝手に舗装している
 そしてその時点で自転車に異状はないので、このままHuelvaまで行こうと決意する。鉄道が来ていないAyamonteは、外へ出るにはバスしかないのだが、バスだと自転車を畳まないと乗せてくれない可能性が高い。

 スマホのナビは、こちらが自動車だと思っているので、早い道へ誘導したがる。それに抵抗して国道を選択して行くが、こちらは交通量も少ないし、何よりも自転車が走れる道が2メートル近く確保されているのが助かる。AyamonteからHuelvaまで恐らく実走行距離は70キロはあったと思う。昨日のサグレス往復と同じくらいの距離。途中のレストランで昼飯を食べて、最後は自転車専用道路に救われてHuelvaに到着しました。自転車に問題がなかったのが本当にありがたかったです。
交通量は少ない。右側が自転車用
鯛のような白身の魚。2匹は無理。左側のジャガイモが美味
Huelva近くの自転車専用道。ここで地元のローディーを見た
火野正平は絶対に渡れない自転車専用道

2015年6月1日月曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第六日


 朝起きて、朝食後、即出発。ザグレスまで片道37キロ余。バックパックをホテルに預けた。背中の荷物を無しで走ればかなり楽であろうという目論見。国道125号線をひたすら西に進み、最後に南下する行き方しかない。道路は広くてサイクリング道路もついているので走りやすい。ただ往きの西行きは逆風なのはやむをえないが。
右側の色違いがサイクリング道路
ザグレスの標識が出てくると、あと少しということになる。最後の南下は下りで追い風なので車に牽引されているような感じ。
遠くに風車が見える。ポルトガルで初めて見ました
 そして一番突端にある要塞にシニア料金で入場する。どうなっているかわからないが、自転車と一緒に入る。これは正解。中は広い草原で野球場二つ分くらいはある広さ。この突端は突き出すようにあるので、海が両側に見える、切り立った崖は高さ50メートルはありそう。
遠くに見るのが突端の要塞
 ここでどうしても理解に苦しむ同輩を見た。崖っぷちから竿をだして、50メートル下にいるかいないかの魚を釣ろうとしている連中が10人くらいはいるのである。下なんてとても首を出して見るのは無理なのだが、彼らは地元の年寄りだがしょっちゅうきて慣れているようだ。
 途中でたまには写真をとってもらおうかと思ったら、たまたま自転車で来ていたスペインの青年に取ってもらいました。お返しにこちらも相手を取ってやりました。
奥の崖と同じ高さである
 最果ての地に一応行きましたということでしょうか。
 滞在時間は1時間程度でしょうか。帰り道も強風にさらされて往生しました。
ラゴスへ戻ってきたのが12時半頃バッグを取りに行ったりしているうちに、目星を付けていた電車の時間に間に合わず、2時発でいっぺんにスペイン国境のまちまで来てしまいました。Villa Real de Santo Antonioという長い名前の街です。