1,今日も大変な一日になってしまった
バイヨンヌで考えた今日のプランは、サンジャンピエドポーまで電車が出ているのでそれに乗る。そしてサンジャンピエドポーでは適当なホテルがなかったので、第四日で行くつもりだったモレオン=リシャールで予算に沿ったホテルがみつかったので、サンジャンピエドポーからチャリで行くことにしました。我ながらいい案だと思ったのだが、また大変な日になってしまったのだ。
サンジャンピエドボー行の電車は一両だけだけど、全てが大きくて装備もすぐれていたが、満員で立つことになってしまった。乗客の八割ぐらいが観光客で残りが地元民という感じ。中国人が目立つが、日本人もいた。サンジャンピエドボーの駅は終点ですが、店屋が一見もみあたらない小さな駅で、乗客は駅から散っていく。こちらもモレオンの宿泊先を目的地にして注意深く道を間違えないよう進む。山のバスクなので羊の牧草地が多いですが、牧草地の中心にバスクメゾンを建てている。今回の収穫はバスクの墓地を見ることができたことです。家はある程度わかるが、バスク人のお墓は累代のファミリーが埋葬されているはずですが、何十代の埋葬を続けていくとファミリーだけでも結構な面積をとりそうですが、そうでもなく比較的新しいものが多いようです。この辺をもっと追求すると何かわかるかもしれないとおもいましたが、そこまではいきません。
モレオンまでは50キロぐらいの距離なので、毎日多摩川のサイクリングロードを3,40キロ走ってきたので楽勝かと思いました、半分を超えた頃から7.8キロの上りが続くのですが、足がつりだしたのです。これはいかんと思い、NHKBSでやっている火野正平のこころ旅で登り坂に来ると軽トラが来ると頼み込んで乗せてもらってました(最近は登り坂を避けて高いところで手紙を読んで下り坂で始まることが多いので軽トラに乗るのはすくなくなってます)正平くんの手法を真似てみて止めても、自転車のスペースがないと断られ、途方に暮れていたのですが、通信建設会社の社員さんが反対方向にかかわらずUターンで宿泊所まで送ってくれたのです。全く地獄に仏とはこのことかと感じました。2,今日のホテル
モレオンの市内にあるのですが、何の看板も表札もないところを通りの番地で見つけてくれました。名前が「Chanbre chez l'habitants](住んでいる人たちの部屋)の意味が行ってみてわかりました。三階建て二回まではオーナーの家族が暮らしていて、その3階が空いているので貸している民泊の異種でした。アットホームな感じで子供とも一緒にコーヒーを飲みました。部屋はとてもホテルとは思えないし、写真映えしないので写していません。
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