2014年6月25日水曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第二十一日)

第二十一日 6月24日 トラパニから列車でパレルモ経由でメッシーナまで

 今日と明日は完全なる移動日になるだろう。今日はトラパニから列車に乗ってパレルモへ。外を見ててもわからないのだが、現在位置がわかるミシュランの地図をiPhoneで見ていたら、昨日トラバニに代替バスで入ったルートと全然違うコースを走っている。トラパニから南下してマルサラを通り、更に南下、そしてカステルベトラーノなる聞き慣れない駅に停まり、昨日バスに乗った駅に戻り、昨日と同じルートになってパレルモに入った。要するにイタリア国鉄の最南端ルートを一周したということで、パレルモからメッシーナまでは海岸線をひた走り、結局メッシーナに到着したのは17時20分であった。出発が9時38分であるから丸一日列車に乗っていたことになる。切符に刻印された距離は427キロであった。
 シシリアは今日でおしまいですが、いろいろ考えることが多かったシシリア島一周でありました。

本日の走行距離   7キロ
本日の鉄道移動距離 427キロ

<本日のホテル>
メッシーナ
B&B Villa Dante

45ユーロ

2014年6月24日火曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第二十日)

第二十日 6月23日 パレルモからAlcamo Diremazioneまで列車移動、Alcamo Diremazioneからトラバニまでバス移動


 トラバニはシシリア島の西の端にある。ガリバルディがイタリア統一のためジェノバからシシリアに入ったときの港がここといわれている。途中でバス輸送にかえられたが、それほど僻地ではない。人口7万人でイタリア全体で79位である。午後一時半頃トラバニに到着し、ホテルに荷物を置いてチャリでロープウェイの乗り場を目ざす。ロープウェイは小ぶりで制限重量640キロであるが、次から次にやってくるので、悠々一人で乗れる。自転車を伴って乗るつもりであったが、チャリユキは預けてしまった。乗ってる時間は20分くらいか、結構長いし揺れる。しかし眺めは最高でトラバニがジオラマのように広がる。そして地中海の青と少し碧がまじった海の色。
トラバニと地中海が一望です
エーリチェは標高800メートル、街中でほぼ同じ意匠の舗装が施されている。大理石のように艶のある石であるが、細工された上で舗装されているから見事である。チャリユキでは滑るし走りにくそうで置いてきてよかった、もうこの舗装は徹底していて、ノートなどと比べても圧倒的である。建物も1500年代に建てられたものもあるが、保存管理状態は良好で古さを感じない。少し肌色が入ったような柔らかい壁の色と計算されたように効果的な色の褪せ方がマッチして素晴らしい。ロープウェイが出来たのは最近のことだからそれ以前のエーリチェが今に残っているのだが、人間の営為の素晴らしさに感動する。やはり街並みは道が決め手であるということが再確認された。
この舗石の並べ方が基本です
帰りもロープウェイで戻ってきて、トラバニの街を探訪してみた。ここはここで歴史中心地区は街並みを意識した整備が成されていた。だが、エーリチェを見てきた後なので個性をどう出すかという点が気になった。
ちゃんとまとまっています
エリーチェと似ているようだが全然違う舗装
本日の走行距離   12キロ
本日の鉄道移動距離 195キロ

<本日のホテル>
トラバニ
Casa Trapanese
49.5ユーロ



2014年6月23日月曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第十九日)



第十九日 6月22日 パレルモ二日目

 パレルモ在住の若き医師と昨晩未明に連絡がつき、今日午前中に私をピックアップして、一日案内をしてくれるという幸運に恵まれた。
 ホテル前に現れたのは若きイケ面医師で、看護師をしているパートナーと一緒という。とりあえず自転車をフレームとホイールに分解し、フォード・フォーカスの後部に収める。まず出かけたのは伝統的なシシリアのマーケット。地元の人が地元の食材を道路上で売っている。見たことがない野菜があるが、食べると美味しいという。今日は日曜日なので出店している店も少ないし、客の数も少ないという。魚貝を扱う店が出ていなかったので、別の所へ移動すると、マグロを解体して売っている屋台が一台出ている。地元の人だからここがわかるのだが、普通はこううまくはいかない。手のひらを広げたくらいの大きさのマグロの赤身を切り身で購入。そばに中トロや大トロのお宝的な部位もおいてあったが、店の人はこれはうまいところだよと押してくれたせいか、あるいはおまけか大トロの切り身が加わった。そのあと貝を扱う店があるというので、そこは固定店舗であったが、ハマグリのような大きな貝とボンゴレにするからとアサリ、そしてムール貝を小さくして先っちょに毛が生えた名前がわからない貝を購入した。
 そしてこれらの食材を医師の実家に行き、マンマがパートナーと協力して料理してくれるというのだ。パレルモの庶民の手料理がいただけるなんて素晴らしい。
若き医師とチャリ爺のツーショット
出てきた料理は、スパゲティボンゴレ、貝の盛り合わせ、野菜をトマト味で煮付けたもの、ハムやサラミの盛り合わせ、それに手のひら大のマグロの切り身を塩焼きにしたものと超豪華。午後の二時ぐらいから三時半か四時近くまで食べたので、夕食はもう入らないという状態。店で食べるよりも明らかに美味しい。その後ケーキとチェリーをデザートにいただきエスプレッソを何杯もおかわりさせていただいた。マグロの大トロとシチリア独特の野菜は出て来なかったようです。あとパートナーの女性が生姜のガリを真似たものを作って出してくれましたが、これが美味しくてなマグロのステーキとともに食べてしまいました。
小さい貝はウニみたい、大きなのはハマグリみたい
サラミは日本で食べるものとは別物
野菜の煮込み
食事の後は医師の姪のかわいい子も加わって、パレルモの聖地でもある標高600メートルの頂上に登って下界を眺めました。中世にペストの猖獗が極めているときに自らこの山の頂上近くの横穴にこもってペストの流行がおさまることを祈り、本人は結局命を落とすのですが、聖女として街の守り神になっている聖堂にも行きました。この山に自転車で上ってくる老若男女は引きも切らずで、上り坂大好き人種はどこにでもいるのだと思いました。ただし、若き医師はサッカーや自転車には興味がなく、ワールドカップでイタリアが負けたことも知らなかったという人です。彼は二カ所に仕事場を持っていてその両方に行きながら、医療技術の習得に懸命になっている素晴らしい青年でした。今日が日曜日だったのでこれだけのサービスをしてくれたのでしたが、感謝の気持ちで一杯です。
山の上で
下界を眺めるとこんな感じ

今日の走行距離  0キロ
今日の鉄道移動  0キロ

<本日のホテル>
パレルモ
Mercure Palermo Centro ☆ ☆ ☆ ☆
69 ユーロ





2014年6月22日日曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第十八日)

第十八日 6月21日 カマラータから電車でパレルモまで

 壮絶な急傾斜の街、カマラータからカマラータSGG駅まで下る途中に道を間違えた。引き返す手もあるが、上りがあるので、ちょっと遠回りでも下ってしまおう、とナビが修正した指示通りに進む。ところが鉄道の線路に出たところで、駅とは反対方向を指示して国道に進むルートが提示されている。でもこの道、昨日パレッツォ アドリアーノへ行った時に通った道なのである。実は側道から国道へ出るまでの道がないので、遠回りにはなるのだが、それはそれで正しい指示であったのだ。ところがもっとちかいところで鉄道の線路をくぐり、国道に向かう道があった。ちゃんとした道だし入れるんじゃない、という軽い気持ちだったが、そうは甘くない。国道の下をくぐるときにも接道している道はないかと探したがない。しかたなくもうちょっと行けばなんとか打開できるかなと期待していくと、雨も降っていないはずだがぬかるみがある。これが非常にねちっこいぬかるみで、タイヤやブレーキパッドなどに泥がつく。段々国道が遠くなるようだが、ナビは進めの指示。すると川が前方に出てくるが、橋などないので石ころが出ているところはそこに足場をとるとしても、どうしてもないところがあるので靴のまま水につかる。渡るとナビの指示の道がなくて、風力発電機が立っている山の方へどんどん行く。これはおかしいと元へ戻ることにして、再び川やぬかるみを通って国道への接続点を目ざす。結果的にはこれで正解で駅に着き、電車にも間に合ったのだ。
 このようにナビは旅を続けていくために不可欠なものだが、前にも書いたがwifiルーターで携帯の電波を受信できないとナビとして役に立たないもの(ミシュラン、グーグルの地図など)とSygicのように携帯本体に地図が内蔵されているので電波が来ても来なくても関係ないものがある。ナビとしてはwifiルーターがなくても何とかなるが、それ以外の諸々の外部とのやりとり(イタリア国鉄の時刻表、ホテルの予約、電話連絡はスカイプ等々)が必要になるのでwifiルーターは大事なのだが、どうも安定しないのだ。だから大きな街に行って「3」の携帯電話屋に見てもらおうと思って、今日はパレルモをめざした。

 パレルモの人口は66万人でイタリアでも第5位の大都市である。街並みハンターを自称する小生はこれまでも大都市ではあまり成果に恵まれなかった。道も広い、立派な建物が並んでいる、クルマの数が夥しい。だけど素晴らしい街並みとの出会いはなかなか望めないのだ。今日、半日自転車と徒歩で回ってみたが、結果はやはり他の大都市と同じであった。強いていえば、クアトロ・カンティ(四つ角)と呼ばれるマグエダ通りとエマヌエレ通りの交差点に立つ建物が四つ角に向かっていろいろな像が並んでいる。これもバロック建築なのかもしれないけど、それぞれの建物の用途が違っていて、一つは教会になっている。つまり一人の事業者が同じ意匠で作り上げたというのでなく、建築家は同じかもしれないが、建て主が違っていてそれらをまとめ上げたプロデューサーがいるのではないか。

 世界一有名な交差点は渋谷駅前のスクランブル交差点であるが、パレルモの方も結構有名であるからカメラを持って撮影する人が多い。東京でも京橋の交差点はある生命保険会社が四つの角の敷地をすべて所有しており、ここ何年かですべて建て替えてしまった。建て替えたものを見ると同じ所有者であることを敢えて隠しているように思えるが、パレルモのこんな試みはおしゃれですよ(後の祭りか)。
背中側にも二つあるのでクアトロカンティ(四隅?)
今日は土曜日で休日であったためかマグエダ通りはクルマを全面排除して歩行者天国になっている。どこに行っても小さいクルマが氾濫しているこの国でこの歩行者天国はどのていど普及しているのか知らないが、クルマを閉め出す荒療治はどの街でも必要だと思う。でもこれだけクルマが普及しているから鉄道が通っていない街でも人の行き来は結構頻繁になるというメリットもあるのだが。
 wifiルーターの調子はパレルモに入るとよくなって普通に使えるので、いままでいたところが電波が微弱とかそういう問題もあったのかもしれません。
クルマもいないが人も少ない歩行者天国
今日の昼飯は20ユーロで魚料理のコースが食べられたし、なかなか美味でありましたので写真を載せておきます。
ムール貝のワイン蒸し



いわずと知れたボンゴレ











本日の走行距離   10キロ(仮)
本日の鉄道移動距離 100キロ

<本日のホテル>
パレルモ
Hotel Moderno
45ユーロ

2014年6月21日土曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第十七日)

第十七日 6月20日 アグリジェントからかカマラータSGGまで鉄道移動。カマラータSGG駅からパレッツォ アドリアーノ往復がチャリ走行

 シチリアに入ってからずーと考え続けてきたチャリ走行を実行する日が来た。天気は快晴、今日やるしかないでしょという意気込みで朝から動く。

 パレッツォ アドリアーノは「ニューシネマパラダイス」で映画館のある広場の一角としてロケで使われたらしい。映画館は架空であるが、映画の中の教会は実在しているといわれる。それがここパレッツォ アドリアーノにあるのだ。 ニューシネマパラダイスは監督で脚本も書いたP トルナトーレが30代前半に制作したものである。この映画が大好きなのは、映写技師アドリアーノと映写技師の仕事にあこがれる少年トトとのやりとりにつきる。したがって映画が見たい人々が映画館に入りきれなくて、外の壁に映して喝采を受けるシーンなどが撮影されたであろうパレッツォ アドリアーノに行きたかった。それにこの村はシチリアでも一番行きにくいところにある。この村が今どうなっているのか、街並みはあるのか、もう老人ばかりの村になっているのではないか、実際に行って見ないことには語れない。まずiPhoneのアプリのTopoProfilerによる本日のコースと高低図を見ていただきます。
経験のない高低差


 前半にくる最大高低差481メートルの上りと最高標高が900メートルを超えていることに注目していただきい。ツールドフランスでもカテゴリーが3級、ひょっとすると2級並みの坂である。10%の坂もある。ここの坂は乗車は途中までかなりを押して上がった。押しで上がると時速5キロくらい、乗車だと11キロくらい。そして最高標高の場所が以下の写真である。もう押さなくてすむこの最高標高点がどんなに待ち遠しかったか。以降は割合スムーズに進みパレッツォ アドリアーノについたのが丁度12時頃、所要時間3時間であった。
向こう側で道路が下っている
パラッツォ アドリアーノ遠景
パレッツォ アドリアーノは「ニューシネマパラダイス」好きでなく、街並みハンターとしても訪れてよかったと思える町でした。丁度昼時でしたが、バールなど店屋にも活気があり、老人ばかりなんてとんでもなく、若者、子供なども村を歩き回っています。肝心の広場もいまでも村の中心として人が出ているようです。というよりも、「ニューシネマパラダイス」がらみの掲示やお土産屋などは全くありません。それでもなんか明るくて、元気をもらえそうな村なのです。
はじめて見る舗石の並べ方

教会
こういう街並みが街全体に広がる



 戻りは快調で最後の9キロを残すところまで押しはなかったのですが、最後の250メートルのだらだらした上り坂がもう足が残っていなかったので上れず押しました。そして今日のホテルがあるカマラータに来てこの街の急な傾斜に高密度の住宅にびっくりさせられるが、どうしてこんな場所にこれだけ高密度、高集積の住宅を造らねばならないのかわけがわからない、道など階段かジェットコースターの線路のような急坂です。
これは望遠で撮ったものではありません


本日の走行距離   87キロ
本日の鉄道移動距離 約50キロ

<本日のホテル>
Cammarata
Halykos Hotel
35ユーロ 




2014年6月20日金曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第十六日)

第十六日 6月19日 Canicattiからアグリジェントまでチャリ走行


 Canicattiが標高500メートル位で、今日の目的地アグリジェントは300メートル余であるから、下り基調で行けるので楽かなとおもったのだが、Canicattiを出ると登りである。まあ全体で見ると下りの方が多いかもしれないが、上り下りが続き、最後にアグリジェントのホテルに向かう登りが結構ハードであった。
Canicattiを出てすぐだけど上りです

 途中の町で寄り道して街並み探訪をしてみたが、歩いている人はほとんどが老人ばかりで、これと比べるとCanicattiなど若者や子供も多く活気があったと思った。街並みに特筆することはありません。

街並みはできていない


 アグリジェントは丘状都市の典型で、遠くから見ると丘の上に建物が張り付いていることがわかる。しかし結構新しい建物が多く、中にはここ2,30年の高層住宅もまじっている。全体に雑然とした感じである。
遠目に見ると壮観なのだが
アグリジェントの観光的な売りはギリシャの神殿建築である。町から200メートルくらい低いところにあるから、出来た頃はアグリジェントの町など影も形もなかったからここがそびえるように立っていたのだろう。10ユーロの入場料を払って近くで神殿を見てみたが、アテネのアクロポリスの神殿と比べると規模も姿形も歴然とした違いがあるが、石の色からすると地元の石材を使ってつくったものと思われる。結構観光客も多いのは世界遺産の威力か。道路脇のバールで遅い昼飯を食べました。リゾットだが味がちょっと酸味がありサラダ的な感じがしました。8.5ユーロでかなりの量がありましたが、ほぼ完食です。
ギリシャ神殿
リゾットってこういうのかしら?
神殿からもう一度アグリジェントの中心地区まで坂を上り、途中で迷ってしまって、自転車を担いで階段を登ったりしてやっとホテルに戻りました。
 その後、いつものようにアグリジェントの街並み探訪に出かけましたが、東西はクルマも走れる道ですが、南北は結構急な階段になっていて、年寄りには相当きつそうな町です。住人はアラブ系やどこかわからないがイタリア人以外の人が多いようです。
 街並みの観点からすると、舗装の保存状態は悪くないけど、ともかく華がない感じを否めません。
舗装も建物もパッとしない
階段の方が雰囲気がいい



本日の走行距離    50キロ
本日の鉄道移動距離    0キロ

<本日のホテル>
アグリジェント
B&B Bibirria
51ユーロ







2014年6月19日木曜日

南イタリア自転車ぶらり旅(第十五日)

第十五日 6月18日 ノートからGela乗りかえでCanicattiまで

 今日も移動は鉄道で駅までと駅からがチャリの出番でした。

 ノートで一日一本のGela行きが来るまで時間があったので、世界遺産のバロック建築の街並みをもう一度見ました。ここで紹介する一枚をよく見ておいて下さい。あとでCanicattiの街並みが出てきたときに比較していただきたいのです。
敷石の美しさが際立っている


 今日乗ったイタリア国鉄の車輌です。私はずっとこの車輌をどういったらいいのか悩んでいました。今も悩んでいます。ディーゼルですから電車ではありません。一両では列車とはいえない。気動車が一番近いのですが、これでいいのでしょうか。
一両ですがトイレもついてます


 途中の車内で気がついた光景に慌ててシャッターを切った一枚を見て下さい。公団住宅みたいじゃないですか。これはGela駅を出てすぐのところです。2戸1のエレベーターと階段がありますから、裏側も同じようなエレベーションだと思います。イタリアでこんな集合住宅を見たのははじめてです。
窓はシャッターになってます

 今日の目的地Canicattiは、標高500メートルを超えた高原都市ですが、そういう雰囲気はまるでありません。日陰の風の涼しさにちょっと感じるくらいです。この街の名前は全く知りませんでした。今日通ってきたところだとラグーザなどは結構有名ですし、車窓から見た時もやはりここにすればよかったと反省しました。でも街並みハンターは世界遺産や有名観光地を追っているのでは名が廃るわけで、ここは賭けてみたわけです。ところでこのCanicattiですがグーグル地図では「カニカッティ」という日本語表記になってますから、「蟹買ってぇ」という語呂で覚えようとしたのですが、これが情けないことにどうしても覚えられないのです。レッジオディカラブリアなんかは何とか覚えたのですがこれはダメです。

 で、いつも通り約二時間にわたり町の歴史地区を中心に歩き回りました。
その結果は期待はちょっと大きすぎたかなと云う感想です。かつては結構いい街並みが出来ていたと思いますが、現在は街路の舗装から壊れています。元々あった石張りのみちのうえにアスファルトをかぶせて、それがはげて元の舗装が見えているなどが多々あるのです。ここが世界遺産ノートとの違いです。街並みが壊れるのは街路からということをノートとCanicattiの街並みを見比べてみると痛感します。

結構凝った舗装ですが残念です

本日の走行距離    13キロ
本日の鉄道走行距離 192キロ

<本日のホテル>
Canicatti
Hotel Collina Del Faro
40ユーロ