2018年9月25日火曜日

イタリア コムーネの街並み探訪2018 第十二日

1,チャリユキは大丈夫だったけど、博正が・・・
 Riminiの朝はまずまずの天気。今日のサンマリノ共和国往還決行。片道23キロ標高差600メートル、最後の5キロは押してあがっても1時間。午後早くにはRiminiには戻れるはず。
 そしてミシュランナビで出発。5キロ位から上りが始まるが、シッティングで進む。サンマリノ共和国の入口まで15キロ。歓迎のアーチがある。
結構街の雰囲気
この辺から上りがきつくなりギアもこれ以上軽いやつがなくなるが、まだ幹線道路が続き車はなんなく上っていくが、こちらは限界にさしかかる、あと5,6キロの地点でまいった。その時サンマリノの山はまだそそり立っている。
あそこまで上らねばならないのだが・・・
一応サンマリノには入国しました。パスポートチェックも何もないのですが、車を見るとサンマリノナンバープレート。
EUナンバープレートでなく独自のもの
パトカーがいたが、これもサンマリノ警察のもの、税金が安いのでイタリアから客が来るのか電化製品の中型ショップがある。要するに世界で5番目に小さい独立国なのである。それにしてもなぜこの国はこういう形で今日まで生き長らえているのかという疑問を持ってしまう。世界ではじめてできた共和国だからか、ベネツィアだって共和国だけどイタリア統一の時にイタリアに入った。これは私が勝手に考えたことだからあまり真に受けないでいただきたいが、カギはイタリア統一の立役者であるガリバルディをオーストリアからかくまったことにあるのではないか。ガリバルディが捕まってしまうとイタリアの統一もなかったかもしれない。その重要なガリバルディがサンマリノには自分の命を救ってもらった大きな恩があるので独立したまま遺したいと彼か唐絵の腹心が決めたのではないか。塩野七生の著書の中に会頭があるかもしれないがどなたか教えて下さい・
 そしてRiminiまで戻って来たのが昼頃、昼飯を食べて、街並みを見ようかと思っていたら、突如雨粒が落ちてきて、風も吹き、温度も下がり、これはいけない早くRimini駅に行かねばと上半身だけ雨合羽を着て走る。下半身はずぶ濡れだが、駅に到着すると、切符を買ってパニーニを食べて電車を待った。サンマリノ行きを強行していたら途中の坂道でこの雨にあって難渋していたであろうと考えると早めのギブアップはよかったと思う。
 しかしこれから山の中のコムーネの訪問を考えていたが、坂上りは無理なので方法を考えなくてはならない。
 13時15分のAncora行きの列車で移動。空いているし自転車はハンガーに掛けてあるのでゆったりとアドリア海を眺めながら列車の旅を楽しんだ。
昨日は波一つなかったが今日は海が白い
昼の雨をきっかけに季節が変わってしまったようだ。イタリア人も変わり身が早いというか、駅には革ジャンを着てるお兄ちゃんやセーター姿とかが出現してる。もう半袖は終わりなのかもしれない。
2,本日のホテル
 駅の前という好立地だけが取り柄のホテル。Anconaの「Hotel Dorico」60ユーロ
ベッドだけ写していると皆同じようですが違いはあります。今日ははずれ





0 件のコメント:

コメントを投稿