2015年5月31日日曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第五日




 昨晩は、日本語を話すおかみがいるレストランがFaroの中心地区にあるとの東京からの情報に基づき、8時すぎに店に入ると客は一組で、閑散としているが元気のいいおかみさんが「いらっしゃい」と応対してくれる。なんか今までにない安心感があるレストランで、食欲はあまりなかったが、何か食べておかないと体力的にやばいので、メニューを見る。ポルトガル語の他、スペイン語、英語、ドイツ語、フランス語がある。メニューの品数は多くないが、アンチョビーをオリーブオイルと酢で和えたものとエビのリゾット、ジントニックという組み合わせ。エビのリゾットがまるでおじやのようなつくりで、しつこさがないから食べやすい。これは救いの一品でした。
 ホテルに戻り、今日の分のブログをまとめていて、写真をあと3枚読み込んだら終わりというところで、写真の読み込みが止まってしまう。スマホのテザリングでの読み込みであったが、いくら待っても最後までいかない。しかもこのホテルはwifiが1時間1ユーロと有料なので、なんとかテザリングで終わらせたいと思うがだめ。結局今朝まで埒が明かず、ボーダフォンに行ってなんとかするというのが喫緊の課題となった。明日は日曜日なので今日中に何とかしようと 朝イチでFaroのボーダフォンに駆けつける。結果は空港で買ったものが、1ギガで使い切れたためで、新たに4ギガのものを12ユーロで買い、即問題は解決した。

 そうはいっても、10時頃の電車に乗る予定であったものが、ボーダフォンが10時開店であったため、結局12時41分発に乗りました。しかもこの鈍行列車は、途中の駅で1時間以上止まっていて、乗り継ぎの客を集めるのです。最初は半分もいなかった車内が7割位に増えました。これでLagos到着が15時35分と1時間15分も延着。これからユーラシア大陸最南端の地サグレスにむかうと帰りが8時半頃になるかもしれない。日は長いけど、さすがに8時半だと暗くなりつつあるので、サグレス行きは明日午前中に変更しました。
 ただ、Lagosの中心地区は一回りして、街並みの状況を見ましたが、成果はあまりないというのが正直なところ。でもこの街はこれからよくなる可能性をもっていることを強調したい。
 ということで本日は10キロ程度の走りで電車移動が中心となってしまいました。
 
二両編成の各駅停車。気兼ねなく自転車が積める
チャリユキも落ち着ける
Lagos駅駅舎
真ん中の階段部だけ敷石舗装のテクニック
昔ながらのピンコロより大きい













 

2015年5月30日土曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第四日

 SetubalからFaroまで

 今日の移動は鉄道利用が前提である。300キロ近い距離を移動して、一気に地中海まで出ようという目論見である。
 SetubalからPinhal Novoまで約15キロをチャリユキで移動し、Pinhal NovoからFaroまではポルトガル国鉄(CP=セーペー)のIC(都市間急行)でいく。
 最初の走りは、列車で行くと10分余のところを1時間ちょっとかかってしまった。それも見込んでPinhal Novo駅についたときには、発車まで1時間半位の余裕があった。切符売り場は前にひとりいるだけですぐ自分の番になる。英語でいい?と聞くと中のおばちゃんは言下に「だめ!」という、やむなく片言のスペイン語でFaroまで一枚と言って、11時6分発の説明が出来ないので手帳の時刻を示すと、20ユーロ弱で幅広のレシートをくれる。これが切符なのである。切符好きな鉄ちゃんとしてはこれは勘弁して欲しいという感じだが仕方ない。ここで問題は自転車をそのまま積めるか、輪行袋に入れるかである。ポルトガル国鉄のHPには、ICでは2等車の特定の座席が指定された時にはそのまま積めるが、その席が確保できないときには畳んで袋に入れるように書いてある。それを聞くのは無理なのでビチクレットOKと聞くと、両手を顔の上で合わせて畳んでという仕草。

 じたばたしないで覚悟を決める。時間は十分あるがいつも輪行袋に入れるのに四苦八苦してしまう。そして定刻より1,2分遅れて列車が来て乗り込む。結構こんでいて空き席は見あたらない。入口を入ってすぐの席だけが2列であとは4列配置。ポルトガル国鉄が自転車をそのまま持ち込んでいいといっている席が2列の席なのである。ただフルサイズの自転車を横に置くのは無理なような気がする。でも自分の自転車をその席の隣に置かしてもらえたので助かりました。
pinhal novo駅に侵入してくるIC。ホームの高さが日本と同じは珍しい
 結果的に列車の選択が正解だと思ったのは、全体区間の半分以上が人が住んでいる気配がない土地を走っていたことで、こんなところを自転車で走ったらホテルのある街までたどり着けない可能性が大なのだ。そして地中海が近づくにしたがって、しだいに高台に別荘とおぼしき建物が目立ってくる。どこからかわからないが日射しの強さも変わったようだ。南イタリアと同じ日射しである。
窓から見える景色もこんなのが続く
 Faroはリゾート都市であるが、時期的にはまだ早いのか訪問者は少ない。到着してホテルにチェックインしてから、中心地区に行ってみたら、ありました敷石舗装Faroバージョンが。こちら製作年代が敷石で描かれているので1990年代のものであることがわかる。やはり敷石舗装の歴史は2,30年であることがわかる。
 Faroの場合には、手がこみすぎていてかえって魅力を減殺しているものもある。しかし周辺から歩道の敷石舗装をして中心地区にひとを誘導し、そこにはもっと趣向をこらした敷石舗装で買い物、食事、お茶などで客を滞留させようと意図している。公園なども敷石舗装の対象になっている。
模様は通りによって異なります

製作年代がわかります。結構新しい
三色使いで随分複雑な模様です


2015年5月29日金曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第三日

 一つの町に二晩以上泊まると、何となく町の風景に見慣れて、日常化し、退屈になってくる。自分としては1カ所一泊がリズム的にはいい。何日も同じ町にいると旅人でなく、住人の目になるような気がするからだ。

 朝9時半頃ホテルを出発し、cais do sadreをめざす。大部分が下りだが、車も人も多いので神経を使う。船のターミナルは昨日下見してあったので、Cacilhas行きの切符売り場で1.7ユーロの運賃を払って、すぐに乗船。10分くらいで対岸に到着。
シシリーの海峡を思わせるがこれはテジョ河でリスボンの対岸を見る

CACILHASからリスボン河を見る
 Setubalまでは40キロなので、東京で日頃乗っている距離である。道は国道10号線を行くのだが、結構車の量は多い。工業団地やマンションなどがリスボン郊外のありふれた光景が続く。Setubalの手前10キロ位の所に150メートル程の坂があるが、大体は平坦である。昨日リスボンには自転車乗りは少ないのかといったが、国道10号線にはロードレーサー、マウンテンバイクなどできっちり走っているひとが目立った。別に言葉を交わすわけではないが、目が合うと共感できるところがあるのだ。

 Setubalには大規模な敷石舗装の街並みがあることは、事前の調べでわかっていたが、期待を裏切らない敷石舗装のテクニックを駆使した街並みが出来ていて驚いた。基本的には肌色を地色にして黒の敷石で模様を描くのだが、パターンがいろいろあり、中には赤御影石をまじえて、3色のものがあったりする。地味な色の二色(時に3色)で建物が目立たなくなるほどインパクトがある街並みが出来ている。道の重要性については、街並み評価式で道には係数を2にして、建物と差異化を図ったのだが、ここの敷石舗装では2では足りないくらい道の存在感が出ている。石そのものの質感が重要だと思って来たが、その組み合わせでこんな素晴らしいものが出来る。ポルトガルの石工の見事な腕に脱帽である。
単純なグリッドタイプだがディテイルはすごい

三色使いで線形の模様

何でもこいなのでこれもあり

2015年5月28日木曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第二日

 第二日目の軌跡を追う前に、第一日目の夜、ファドを聴いたことについて触れておきたい。ファドはいうまでもなく、ポルトガルの伝統的な音楽、といっても歴史は200年足らず、ヨーロッパではイタリアのカンツォーネ、フランスのシャンソン、スペインのフラメンコに相当するということだが、これらはみんな地中海に面した国々だけど、関連性はあるのだろうか。以前BSの旅番組でファドの名人というおばさんの歌声を聞いて、これって演歌(艶歌?)に近いのではないかと思った程度なので、ファドの何たるかについては問わないことにします。
 さてリスボンでファドを聞くにはどこへ行ったらいいのかわからないので、こちらへ来てから簡潔にして必要な情報を盛り込んだブログサイトに巡り会いました。
 この表には観光客目当ての高級店から歌い手が店の従業員という大衆的な店まで網羅されており、この表を作成するのに相当通ったに違いないと思いますが、コメント通りの店であることが素晴らしいと思いました。
 日本にいてはこの表の素晴らしさを感じることは無理ですが、中心となるバイロアルト地区まで歩いて行けるところにいるのですから、街並み探訪を兼ねてバイロアルト地区で”Adego do Ribatejo”を見つけたときには、迷わず店に入りました。Fado食堂と言われるだけあって、リーズナブルな料金でスープ、魚か肉のメイン、デザート、コーヒーで25ユーロ飲み物代は取らないというのはまさにリーズナブル、しかもこの店では従業員がかわるがわる歌い手になるという店なのです。
 さっき注文を取りに来ていたおばちゃんが朗々とした歌声を披露する。表で客引きをしていたおじさんがこれまたよく見るとフィッシャディスカウに似ているではないかと思わせる歌いぷり。もとより歌詞はわからないので、メロディや気持ちのこめ方で判断するしかないのだが、なんだか思ったよりも明るい感じの曲が多い。むせび泣くような艶歌が似合う気候風土ではないのでこれでいいのだと思って、ひとりメシの所在なさを歌が補ってくれて、これってありだなと思ってたら、従業員で歌手の二足のわらじの面々が、突如三足目のわらじに履き替え、自らのCDを客に売り込み始めたのだ。ひとの良さそうなおばちゃんが最初に売りに来た若い女性のCDを買ってしまったために、次に来たひとを断るのは無理と買ってしまい、4,5人が回っていたけど、さすがに全員にはつきあわなかったようだ。

 しかしとても楽しい時間を享有できたので感謝ですね、特にブログの作成者にたいしてですね。この表がないとどこに行ったらいいのか全くわからないのですから。
バイロアルト地区 圧倒的に外で食べるのが好き

前日の味噌汁の温め直しみたいだけど一応スープです

ぼけててごねんなさい。立っているのが歌い手です
 ファドが長くなり申し訳ありませんでした。第二日目については簡潔にいきます。朝から午後4時まで市内を走りました。湿気はありませんが、暑さと日射しの強さは昨年の南イタリアを思い起こしましたが、そのせいか街中で自転車に乗っている人をほとんど見かけません。テジョ河沿いと夕方の市内ではたまに見かけましたが、この坂の多い街では自転車に乗る人は少ないようです。

☆敷石舗装
 ポルトガルを今回の街並み探訪に入れたかったのは、ユニークな敷石舗装があると聞いていたからです。しかし事前の調査ではリスボンなどでは見かけないのではないかと思っていたのですが、それが結構あったのです。
 リスボンの歩道の敷石は7、8割は、ピンコロ石の半分の半ピンコロで大理石の薄い肌色が入ったものが、歩道の進行方向と斜め45度に傾けて並べています。ピンコロ一つで半ピンコロは8個できるで8倍の手間がかかります。
リスボン市標準仕様の半ピンコロ石
 ただ注目すべきは肌色の大理石と黒灰色石を組み合わせた敷石舗装です。ただ色を変えて並べたものはいいのですが、一件一件で幾何学模様が異なるパターンです。以下に実例をお目にかけます。
この模様が何かを意味するかどうかは不明

これはわかりやすい?
☆ サンチャゴ・カラトラバの作品
 今回の旅ではスペインの構造の専門家サンチャゴ・カラトラバの作品を見ることも入っています。その第一弾がリスボンのオリエンテ駅です。私のような素人をうならせる巧みな構造が普通では到底出来そうもない構造物を生み出しています。それがほれぼれするほど美しい。
これが駅の裏側みたいなところ

ホームの上に森があるみたい
☆発見のモニュメントには裏があった
 ポルトガルに一番勢いがあった時期は、エンリケ王子が先頭に立って旗を振り、バスコ・ダガマのような探検家やフランシスコ・ザビエルのように極東にまで出かけてキリスト教の布教にあたる先鋭的宗教家が活躍していた時代ですが、エンリケ王子を最前列においてバスコ・ダガマやフランシスコ・ザビエルのいる西側の反対側には別の航海者や神学者、画家などのいるもう一つの発見のモニュメントがありました。
 そしてこの発見のモニュメントは大西洋に向かって(西側)立っているのかと思ってましたが、実際にはテジョ河の対岸(南側)に向かっているのでした。
西側の有名な方

こちら側にもいました

2015年5月27日水曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第一日

 3回目の街並み探訪海外調査、今年はポルトガルのリスボンからスペインのバルセロナまでイベリア半島の地中海寄りを走る予定です。
 息子夫婦、娘、家内、孫に見送られて羽田を出発したのが、5月25日午後10時45分。

パリには午前4時前に到着、予定では4時半なので偏西風が弱かったのか予想外に早く着きました。といっても、この時間だから空港内は閑散としている。 とりあえずリスボンへの乗り継ぎ便が出発するターミナル2Fへ移動。 ゆったりとした椅子では仮眠を取っている人が多い。ここで夜明かしをした人たちかもしれない。
パリCDE空港ターミナル2Fのビルロイボッホ製小便器 今までの脇漏れを大部分解消する デザインも含めて画期的である
大天井には柱がないし透けているので明るい イリーも周囲より低いため落ち着いた雰囲気

 今回のポルトガル、スペイン旅行では、スペインのバルセロナとマドリッドに来たことはあるが、ポルトガルは全くの初めてなので食べ物や鉄道利用、道路状況などわからないことが多いので不安がある。特にフランスを走ったときのように食い物への拒絶反応でモチベーションがだだ下がった経験を持つだけに気になる。しかし装備は自転車を含めて過去の2回の旅行と同じ。バックパックの7.5キロの重さも、不断は腰に巻いたバッグだけで走っているので感じが違うはずである。あと、今回はアンドロイドのスマホに変えた初めての海外である。SIMフリーなので現地でプリペイドSIMを入手して対応できるかがポイントである。

  空路パリから2時間でリスボン空港に着く。空港は街中にあり、低空飛行で降りていくのは福岡空港のようだ。さすがにパリよりも陽ざしが強烈である。機長は34度と言っていた。現地についてまずやることは二つ。スマホのSIMカードを手に入れること。自転車を組み立てること。預け入れ荷物が回転台に出て来ないのは、どこでも同じなのだが、近くに係員が誰もいないのでどこに出てくるのかがわからない。結局全ての荷物が出終わっても自転車は現れない。パリから回送されてこなかったのではという悪い重いがよぎる。係員事務所みたいなものも見あたらず、lost and foundがあり人が並んでいる。ここで聞こうかと思ったが、もう一度回転台の所に行ってみるがない。やむをえずlost and foundの方をめざすと制服を着て右手にトランシーバーを持った女性がいるので聞いてみると、荷物回転台の一番奥に不規則荷物の置き場があるからそちらに行け、という指示。行って見るとありました、寂しくベルトコンベアと回転棒が並んでいるところに引っかかっている。
 それをキャリアーに載せて、かねてネットで調べてあったボーダフォンの店をめざす。これはすぐに見つかり、同じような客が2,3人いる。これはあっけなくSIMカードを入れるとPIN(暗証番号)を入れると元気よく動き出す。4Gの2ギガ、有効期間1ヶ月のものが15ユーロで買えた。
 次は自転車の組み立てである。どんな扱いを受けたのかがわからないのでゆっくりと輪行袋から出してみると、ハンドルが押されてちょっと曲がっているが、これはすぐ直り組み立てを完了。次にプチプチシートや段ボールなどをゴミ箱に持っていって処分した。戻ってみるとアンドロイドの5インチスマホをハンドルに取り付けるためのトピークのスマホケースがない。これは輪行袋から出すときしっかりと確認して輪行袋などと一緒においといたのだが、それだけがないのだ。誰かが拾っていったとしか考えられない。これでアンドロイドスマホをナビとして走ることが出来なくなった。
 精神的には、それよりも自転車の走行距離や速度を示す、サイクルメーターが見つからないことの方がダメージは大きかった。昨年の南イタリアでは大活躍したのだが、今年も頑張ってもらおうとわざわざハンドルから外してズボンのバンドにぶら下げる小さなバッグに入れておいたのだが、これが見つからないのだ。こちらの方はとられたというよりも、パリからの移動のどこかで落としてしまった可能性が高い。全ての荷物を開けてみたがないのだ。これがないとモチベーションが湧かないのだ。

 ということで、ナビ役は昨年も活躍したiPhone5の出番で、こちらは本体ケースを直接ハンドルに取り付けられる。ただ通信機能はないためアンドロイド携帯からテザリング接続で地図ソフトを動かすことになる。iPhoneは電源が切れないため長持ちしないし、画面は小さいなど問題があるが、やむをえない。

 早速空港からホテルまでナビとして活躍する約8キロくらいであるが、難なくホテルに到着した。自転車の方には今のところ異状はない。
ホテルがある通りの並木 薄紫の花が非常に美しい 何という木なんだろう

ホテルではジロの生中継が見られたし、ホテルのレストランで昼飯も食べられた。
煮込み料理だが半分は骨だけど身はおいしかった

ホテルは日本でおさえたところだが立地、部屋もいい